取材記事

【Vol.1】寺田浩久さんが英会話スクール経営を続けてこれた理由

(英会話スクールの)立ち上げは2004年でしたね。

16年目くらいになると思います。

いろいろありましたけど、あっという間でしたね。

波があって「正直もうダメかな」って思った時期もありました。

けどまぁここまでなんとかやってこれましたね。

(2021年取材当時)

こんにちは、Webライターのクロです。

今回対談させていただいたのは、静岡市内で英会話スクールを経営する「寺田浩久」さんです。

 

寺田さんとの出会いは、コワーキングスペースの喫煙所でライターを貸してくださったことがきっかけでした。

歳がおよそ2倍も離れている若輩者の僕に対しても深々と頭を下げてくださるその姿勢がとても格好良く、紳士的で優しい男性。

いくつになっても謙虚でい続けている方は本当に素敵だと思いますし、同性として目指したい人柄です。

 

今回は、静岡で16年に渡り英会話スクールの運営を続けられてきたご経験に沿いながら、寺田さんの思う「静岡」や「英会話スクール」についてお話ししていただきました。


【Profile】
寺田浩久(てらだ ひろひさ)
1968年生まれ、静岡市出身。
新聞社を退職し、2004年から静岡市内で英会話スクール「BEELINE」を運営。


>>英会話スクールBEELINE ホームページ

 

英会話スクールの経営以前はどのようなお仕事をされていたんですか?

その前は新聞社にいましたね。

「販売促進課」っていうところにいたんですよ。

販売店、実際に配るお店が地区にいくつかあるんですけど、そこと連携してイベントやったりPR活動したり、求人のお手伝いしたりっていう。

配達もやりましたね。

トラックで運んでくるのでそれを受けてっていうのをやってました。

 

静岡以外の地域に住まれてた経験はありますか?

大学4年間と仕事で2年弱くらいです。

大学は埼玉に住んでまして、仕事してた時は東京に住んでいましたね。

最初に東京の新聞社で、系列の新聞社が浜松にありますので、東京から浜松に行きました。

 

静岡から出てみて、静岡の見方が変わりましたか?

変わりましたね。

一言で言うと落ち着くなぁ。

なんでかわかんないですけど、地元は安心感がありますね。(笑)

 

寺田さんにとって、静岡はどんな存在ですか?

(静岡には)いろいろ助けてもらってるので。

悩んだ時は海が近くにあって、気分転換に山にも登れるし。

私的には過ごしやすい場所ですね。

 

少なくなってきたとはいえ、やっぱりまだ人のつながりが残っている地域かなとは思います。

東京にいた頃は全くなかったですから。

例えば御近所さんとか。(笑)

 

(東京は)合う人は合うと思うんですよね。

私の個人的な意見ですけど、東京が合う人は静岡が合わないと思うんですよ。

自分が(東京に)合わなかったので。

どっかでこう落ち着きないような、ソワソワ感。(笑)

何にもしてなくて疲労感みたいな。(笑)

 

静岡と静岡人の良さについて

(静岡の人は)のんびりしてるとか、向上心があんまりないとか度々言われることもあるんですけど、それが強みだと思うんですよね。

 

あとは目に見えない根性が結構あると思うんですよ。(笑)

ガツガツはしてないんですけど、結構あると思いますね。

着実に、大きな一歩じゃないんですけど、少しずつ前に、とか。

堅実っていうのかな、なんだろ。

 

西に行っても東に行ってもちょっとタイプが違うというか、独特な雰囲気があるんじゃないかなとは思いますけどね。

(私が住んでいた)浜松もちょっとタイプが違いましたし。

昔なんかは静岡市と清水市だと違うっておっしゃってる方もいました。

不思議な土地ですよね。

 

新聞社→英会話スクール経営へ。
大きな方向転換のきっかけは何でしたか?

きっかけはパートナーが立ち上げた時にいまして。

結婚して、かみさんがもともとアメリカに10年以上いて、本人も英会話習ったりとかしてたんですけど、やっぱりいろいろ気付く点があって、いつかは自分でやってみたいと。

もちろん(彼女は)英語が話せますので、じゃあ仕事分担して先生とかレッスンとかの方はかみさん、自分は事務とか営業とかを、っていう形で始めましたね。

 

続けてこれた秘訣は何ですか?

事業として「成功」「失敗」ってよく耳にするんですけど。

「辞めた!」って言った時点で全て無くなっちゃうじゃないですか。

なので、最初は自分の経営を見て自分の中で「あ、もっと!」とか、そういうのはあるんですけど、やめない限り失敗ではないっていうような。

もちろんやりきって辞める方もいらっしゃるので、辞めた時点で失敗とは限らないんですけど、

続けてればなんとかなるじゃないですけど、さっきも言ったようにいろんな波が、良い時もありますし悪い時もあるんで、それにどう対応していくかっていう話に尽きると思うんですけどねぇ。

良い時に浮かれててもあれなので、もう、続けるしかない。(笑)

 

起業されて良かったことは?

直接喜びを得られることですかね。

すんごい些細なことなんですけど、例えば子供たちが楽しそうに来るとか「英検受かったよ」とか、辞める時も「ここに通えて良かったです」とかっていう、そういうことだけでやれてきましたね。

(英会話スクールの前は)会社員やってたんですけど、実感として私個人的に「よし!」っていうのがあんまり...。

流れ作業で、この仕事終わったら次の仕事みたいな感じでやってたので、自分がやってたことに対してすぐ返ってくるっていうのが独立して一番感じた良かったことですかね。

 

会社員から起業して大きな一歩を踏み出した時、どんな気持ちでしたか?

(36歳で起業したので)そんなに若くないじゃないですか。(笑)

もしうまくいかなかったら、その時は漠然と「なんでもやろう」とは思ってました。

年齢もどんどん上がってくるので選べるような環境じゃなかったので。

ダメだったらなんでもやろうと。(笑)

 

バイトとかは学生の時とかも力仕事とかいろいろやってきたので力使うのもあり。(笑)

決してスーツ着て働きたいとかっていう強い思いはないんですよ。

そういうなんでもです。

精一杯やろうって。

 

自分の分析で言うと、結構堅実なあまり冒険しないような感じで生きてきた人間なので、大きい一歩といえば大きかったんですよね。

立ち上げが二人でしたので、それも大きかったのかもしれないですね。

 

 

対談の続きはこちらからどうぞ。

【Vol.2】寺田浩久さんが英会話スクール経営を続けてこれた理由

  • この記事を書いた人

クロ

1991年10月17日生まれ、静岡市出身。 2017年にフリーランスに転身。 日本各地を旅しながらWebライター、Webマーケター、インテリアコーディネーターとして活動中。

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