インタビュー

【Vol.2】アーティスト・河村知世さんが経験した人生の転換期と彼女が描くヒューマニティー溢れるアートたち

こんにちは、Webライターのクロです。

今回対談させていただいたのは、大学生でありながらアーティストとしても活動されている河村知世さんです。

 

彼女の表現に対するこだわりや幼少期・学生時代の経験から学んだことなど、現在のアーティスト活動に至るまでのヒストリーを伺ってきました。

バリバリの平成生まれである彼女ですが、どこか昭和の空気感を漂わせているのには理由がありました。

本記事をお読みいただければその理由がわかりますので、そちらもぜひお楽しみに。

 

以前の対談はこちらからどうぞ。

【Vol.1】アーティスト・河村知世さんが経験した人生の転換期と彼女が描くヒューマニティー溢れるアートたち

 


【Profile】
河村知世(かわむら ともよ)
2000年生まれ、静岡市出身。
静岡大学教育学部4年。
好きなアーティストはX JAPAN。
メンバーのHIDEを最も尊敬している。


>>河村知世さんのインスタグラムアカウント(@tomoyo_sienne_art)

>>河村知世さんのツイッターアカウント(@tomoyoyoyo)

 

 

いつもどんなことを考えながら絵を描いているんですか?

何考えてるんだろ...

感覚ってなんとなく自分の中にあるものなので、はっきりしないじゃないですか。

なので手探りしている状態ですね。

「これは...このモヤモヤはどういう線なんだろう?」とか。

勝手に頭の中でビビ!って「あ、今この不安な気持ちがこうで...」っていう感じで勝手に。

なのであんまり理屈っぽく考えてないですね。

 

絵を描く時間帯について

良い絵が描けるのは割と深夜が多いんです。

深夜って人間覚醒するじゃないですか。笑

真っ暗なので集中しやすいんですよ。

私、小学生の時に作った行燈を今も持ってるんですけど、たまに部屋を真っ暗にして行燈だけ点けて絵を描く時があるんですよ。

色彩はやっぱり明るいところと暗いところで全然違うように見えるんですけど、暗いところではこう見えたけど明るいとこではこう見えるっていう発見も楽しみながら、実験しながらやってて。

 

今までに何枚くらい絵を描いてきたんですか?

何枚だろ、数えきれないですね。

作業時間は日によって違って、ぶっ通しで丸1日描く時もあるし、半日描いてもキャンバスに点さえ打てないって時もありますから、わからないです。笑

「ドローイング」っていう絵が完成するまでの準備運動みたいな作業があるんですけど、それなんかは毎日描いてるので、多過ぎていくつなんだろうって感じですね。

 

河村さんの幼少期について教えてください

小学校の時は全然発表できないタイプの子どもでした。

これも今ではだいぶ良くなってきたんですけどね。

だんだん自分の中で「コミュニケーションできないとやってけない」っていうことに気づき始めて、そこから積極的に友だちと話すようになったりとか、あえて人の前に立つ学級委員やってみようかなって思うようになったんです。

あ、学級委員は別の理由(成績のため)もあってやったんですよ。笑

 

この話も私の人生を語る上で必要なことなので話しますね。

私、幼稚園の時に悟ったんですよ。

すごいよく覚えている風景があるんですけど、3歳とか4歳ぐらいの時に、目の前に水道があって左側に砂場と鶏小屋があって、水道に向かった時にハッて降りてきて。

「私、このまま毎日普通に作業的に生きていていいのか?せっかく生きてるんだからもっと生きたいように生きよう」「だったら適当にぼんやり生きてるんじゃなくて、毎日毎日試行錯誤して生きなきゃ」って思った時があるんですよ。

 

その時にちょっと失敗というか、今となってはそれはそれで選択して良かったのかなって思うんですけど、「自分を貫こう!」じゃなくて「先生の言うことは絶対だから、先生の言うことを聞いて生きていれば絶対私は失敗しない」っていう風になんか勘違いして。

その瞬間から急に、すごい人目を気にするようになったんです。

「人に良い顔してれば困らない、絶対に」「先生の言うことを聞いていれば将来もちゃんと安定した生活ができる」って、当時の私はそんな風に思ってました。

そこから小学校中学校高校とずーっと人目を気にするし、だから学級委員もやりました。

 

当時は「先生なんて優等生が好きだから、こういう風に返せば先生が可愛がってくれる」「可愛がってくれるってことは勉強がそこまでできなかったとしても勝手に成績上がっていく」って思ってました。

で、そう思ってたらほんとに成績上がっていって。

私よりも勉強できる子は他にもたくさんいたんですけど、内申点で成績オール5で体育だけ4とかだったんですよ。

でもそれって私の実力じゃなくて、先生をコントロールしてそうなったって感じな気がします。

 

 

 

対談の続きはこちらからどうぞ。

【Vol.3】アーティスト・河村知世さんが経験した人生の転換期と彼女が描くヒューマニティー溢れるアートたち

【Vol.4】アーティスト・河村知世さんが経験した人生の転換期と彼女が描くヒューマニティー溢れるアートたち

【Vol.5】アーティスト・河村知世さんが経験した人生の転換期と彼女が描くヒューマニティー溢れるアートたち

 

  • この記事を書いた人

クロ

1991年10月17日生まれ、静岡市出身。 2017年にフリーランスに転身。 日本各地を旅しながらWebライター、Webマーケター、インテリアコーディネーターとして活動中。

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