平野編集長のプロフィール


平野編集長と暮らしている小太郎

【平野編集長の簡単なプロフィール】

平野 斗紀子(ひらの ときこ)
1956年1月23日生まれ
申年早生まれの節分前なので占いは未年
水瓶座、九紫火星、血液型A型
じつは、歌舞伎役者の故坂東三津五郎とは生年月日すべてが一緒。地味だけれど玄人好みの芸にあやかりたいと願っている。

生まれも育ちも静岡市だが、両親とも磐田郡の出身なので生活習慣や気質は遠州人的。

小学校2年で東京オリンピック、高校1年で札幌冬季オリンピックの日長TVで流れる実況放送を見るという、スポーツ観戦に関しては非常に恵まれた時代に育つ。

東京オリンピックでは、世界の国々や人々にカルチャーショックを受ける。

ウエイトリフティングのジャボチンスキーと、女子砲丸投げのタマラ・プレスというソ連の大男、大女には日本中が驚かされた。

子供の頃から太っていたので「お前タマラプレスに似てるな」と揶揄されたのを逆手にとり、独立して編集室をつくるときは「タマラプレス社」にしようと密かに決意していた。

1977年4月、静岡新聞社へ入社し出版局に配属される。単行本や雑誌の企画編集を経験

2010年7月、54歳で静岡新聞社を早期退職し、2011年11月11日に「たまらん」を創刊。

2016年7月、(株)たまらんプレス=TAMARANPRESS Co.,Ltd.を設立

2017年1月から「惣菜屋あくび庵」開業。働く女性や買い物難民の人たちのために夕飯のおかずを配達したり夜の7時まで田町2丁目の店を開けて販売したりしている。


ここからは、平野編集長のこれまでの活動内容やたまらん ONLINEに対する想いが綴られていますので、ぜひ最後まで読んでみてください。

 

歳を重ねていっても、気持ちはずっとずっと若くいたい

私は1956年1月23日生まれですが、(欲を言えば)気持ち年齢は15歳です。

なぜなら昔上司が「お前な、40歳を越えたら毎年1つずつ歳が若くなるんだぞ」と教えてくれたからです。

実年齢と見た目年齢はともかくとして、気持ち年齢だけは、誰でも自由に選べるものと思っています。

ま、計算通り10代にまで戻る気はないですが、気持ち年齢は常に30代でいたいと思って生活しています。

 

本業は編集出版。静岡の出版社で経験した“楽しい仕事”

約30年間、地元の出版社で本や雑誌を作って来ました。

世の中にコンピューター化の嵐が吹きまくった時代に編集に携わっていたので、Quark Expressという編集ソフトを使って自分で組むことを覚えました。

それがたまらなく楽しかったのです。

なぜなら、とても理路整然とした本づくりができるようになったし、1冊の本を自己完結的にできたからです。

ちなみに今はinDesignという編集ソフトで本づくりをしています。

 

【たまらんの誕生秘話】3.11東日本大震災で揺れ動いた私の想い

さて、54歳のときに会社を早期退職した頃、世はインターネットの時代で、本や雑誌など印刷物の仕事の依頼が来ることはなくなりました。

しかし取材の仕事をやめてしまったら世間から距離ができてしまうので、取材して歩くために自分の情報紙を作ろうと考えました。

どんな情報紙にしようか構想を練ってワクワクしているときに、3.11東日本大震災が起きました。

あの津波の映像を目にして即「情報紙なんて、もうヤメだな」と決めました。

こんなときに自分の楽しみだけ考えてるワケにはいかないからです。

 

その後は、とても新しいコトを始めるような雰囲気でないまま、全国各地で自粛と祈りの動きが続きました。

と、なぜか突然「やっぱ新聞作ろ!」と思い立ってしまったのです。

景気がよくて浮かれている時代じゃなく、IT化の波に乗っかろうと右へならえしている時代でもなく、意気消沈している時代だからこそ何かメッセージしなきゃ、と。

そして2011年11月11日「たまらん」というA3判8頁のまちの新聞を創刊しました。

 

【たまらん ONLINEをきっかけに】
「裸の人間」「素の人間」について皆さんと一緒に考えて行きたい

1年後、たった一人の身内の兄が突然死したことで私は、一切の社会的活動から身を引き新聞も休刊したままにしてしまいました。

縁あって社会復帰し、会社を設立してからは、編集人でなく惣菜屋を始めました。

コロナウイルスで先がまったく見えない今年「よしっ、たまらん復活しよう!」とまた思い立ってしまいました。

アタマの中では「原点回帰」の四文字がぐるぐる回っています。

発展と豊かさも行き着いてしまった感のある今の日本で、何のために豊かさが必要なのか、何が豊かさなのか「お前たち、原点に戻って人間の暮らしを考えよ!」と神様に言われてるのかもしれないと、コロナ禍を一つの機会と捉えることにしました。

ラジオからはしょっちゅう「裸の心」という歌が流れて来ますが、私たちは「裸の人間」「素の人間」について、一緒に考えて行きましょ。

  • この記事を書いた人

Hirano tokiko

1956年1月23日生まれのもうすぐ65歳。 生まれも育ちも静岡市だが、両親に似て遠州人気質。 本業は書籍や雑誌の編集人で〜す。

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